大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 昭和53年(ラ)15号 決定

抗告人(被審人) 株式会社 第一学習社

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨および理由は、別紙抗告代理人提出の即時抗告申立書記載のとおりである。

二  まず、抗告の理由一ないし五記載の主張について判断する。

本件記録によると、抗告人会社においては昭和五〇年四月一日より出版編集部に第一課ないし第三課を設け、ついで、これらに通信教育部指導課の業務を分掌させることとなり、通信教育用教材を含む国語関係の教材等の編集は、主に編集三課の担当業務となつたところ、榊敏正は配転前、編集三課に所属していたことが認められるから、同人の原職は、同課が分掌する国語関係の各種教材等の編集業務というべく、配転前事実上主として分担していた通信教育用教材等の編集業務のみに限るべき事由は見出し得ないので、それが、配転後の業務移管により他の支社等の担当となつたとしても、このことから、同人を復帰せしめるべき原職がないものとはなし得ない。そして、本件記録によると、編集三課が分掌する前記編集業務に同人を従事させることが抗告人会社業務遂行上困難であるとは認められない。しかるに、本件記録殊に原審における榊敏正審尋の結果によると、抗告人は本件緊急命令後少くとも後記業務指示までは、同人を前記編集業務に従事させず、むしろ従前臨時に補助させていた通信教育部発送室ないし総務部製版室などの業務とみなされる作業を執らせていたに過ぎないことが認められるから、抗告人は本件緊急命令に定められた榊を原職に復帰させるべき義務を履行していないものというべく、他方業務移管などの抗告理由記載の事情が過料額の決定につき特に配量に値するものとは解し難い。

三  つぎに、本件記録によると、抗告人は、榊に対し抗告理由六記載のとおり、原職に相当する業務を執るべき旨の業務指示をしたことが認められるが、これは原決定が発せられた後であつて、このことから本件緊急命令不履行に対してなした原決定が違法となる理由はなく、本件記録上認められる諸般の事情から検討すると、業務指示がなされた前記事情を考慮しても、原決定の科した過料金額が不相当であるとは認め難い。

四  そうすると、抗告人主張の抗告理由はいずれも採用し難く、その他記録を精査するも原決定を取消すべき事由は見当らない。

よつて、本件抗告はその理由がないから、これを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 胡田勲 北村恬夫 下江一成)

(別紙) 即時抗告申立書

抗告の趣旨

原決定を取消す。

抗告人を処罰しない。

との決定を求める。

抗告の理由

一、原決定は抗告人の出版会社としての業務内容を全く理解しないものであり、抗告人の業務の現状を全く無視するものである。

抗告人としては昭和五二年七月一九日付の緊急命令はすべて履行しているものである。特に昭和五〇年五月一四日付で配置転換した榊敏正(以下榊という)を原職に復帰させなければならないという命令に対しては昭和五二年八月二日付で榊を原職場である編集課に復帰させ以来編集課の業務に従事させてきたものである。

具体的に言えば編集課において編集課長石井彰、編集係長崎重敏幸の指示監督の基で編集課の業務である図中文字の貼り込み、ネガフィルム修正、通信教育受講生ダイレクトメールの宛名書、通信教育受講生名簿の整理の業務に従事させてきたものである。

抗告人が榊に対し原職場である編集課において右のような業務を指示することにしたのは次の理由によるものである。

二、榊は昭和四四年一月四日抗告人に入社し以来通信教育部指導課国語係、電子計算機室、出版部編集課国語係の各業務を担当してきたが昭和四九年七月三一日より再び通信教育部国語係の業務に従事することとなった。しかし、抗告人においては昭和五〇年四月一日より出版部編集課を編集第一課・二課・三課に分割し同年四月一五日通信教育部指導課を右出版部編集第一課・二課・三課に合併した。従つて榊は業務内容は昭和四九年七月三一日より従事している通信教育部指導課国語係の時と全く同一であるにもかかわらず抗告人の前記一部組織変更に伴い所属は、出版部編集三課に属することとなったのである。榊の昭和四九年七月三一日より昭和五〇年五月の配転までの間従事していた具体的な業務内容をくわしく述べると次のとおりであつた、(疎乙第九号証)〈1〉通信教育用教材の中の月刊教育雑誌であるフレッシュエイジの国語に関する解答解説集の原稿の割り付け・校正〈2〉通信教育の受講生から提出される添削問題を採点する上においての採点基準表(各営業所等から送られてくる)の点検〈3〉通信教育用の国語のテキストのまえがき原稿の割り付け・校正〈4〉通信教育の受講生より送られてくる国語に関する質問に対する通信指導〈5〉ダイレクト業務の発送作業(疎乙第三号証)、以上のとおり榊は組織変更によつて出版部編集第三課に属することになつた後も通信教育関係の業務にのみ従事していたものである。原決定は、右榊は教科書等の編集も手伝つていたが配置転換を受ける直前ころは通信教育用教材(テキスト、問題集等)の編集を主として担当していたことを認定しているが、前記のとおり昭和四九年七月三一日以降は教科書等の編集は一切手伝つておらず、すべて通信教育用教材に関する仕事に従事していたものである。

三、抗告人における出版部編集課国語の編集業務はすべて崎重係長が担当してきたものであり、現在も担当している。

崎重係長は昭和四九年七月三一日以降男性社員としては一人で現在まで出版部編集課国語の担当をしているものであり、その後の組織変更等にもかかわらず現在まで担当を継続しているベテラン社員である。

その業務内容は主として出版部に属する国語の書籍(文部省の発行指示を受ける高校生用の国語の教科書・教師用の指導書)、国語関係の問題集及び資料集の編集である。編集とは一般的には各原稿を執筆者(大学教授、高校教師)に依頼し編集会議を主催運営して決定稿にもちこみ、更に決定稿の割り付け(字の大きさ、行間、写真とか表の位置等を決定し印刷所に指示する仕事)、校正をなして書籍としての組版を印刷所に指示することであるが出版部編集課国語の前記作業はすべて崎重係長が担当していたものであり、昭和四九年七月三一日以降榊が手伝うことは一切なかった。昭和五〇年四月一五日の組織変更以後においては出版部編集課国語の男性社員は、崎重係長、榊以外に橋本係長がいたが橋本係長は通信教育部指導課国語の係長であつたものであり、橋本係長は榊の上司として通信教育部国語に関する業務全般の管理、監督をなしていたものである。榊が昭和五〇年五月一四日総務部へ配転になつた後は榊が担当していた業務をすべて橋本係長が担当することになつたが、橋本係長は昭和五〇年一一月三〇日付で退職した。そのため、再び通信教育部指導課を出版部編集課より分離することとなし通信教育部指導課国語は抗告人の仙台営業所(元国語教師吉田係長が中心)が担当することとなつた。その後吉田係長が昭和五二年一一月一日退職したため通信教育部指導課国語は抗告人京都支社(佐藤主任が中心)に移管することとなり現在に至つているものである。京都支社へ移管したのは執筆者が関西にいることが主たる理由であつた。

四、以上のような抗告人の状況の中で昭和五二年七月一九日榊を原職に復帰させなければならないという緊急命令が出された。抗告人としては原職とは何を意味するものであるのか慎重に検討を加えた。そして、榊は配転前は仕事は通信教育部指導課国語の業務に従事していたが、籍は組織変更により出版部編集第三課に属していたので出版部編集課へ復帰させた。しかし出版部編集課には榊が配転前従事していた業務は約二年前である昭和五〇年一二月より仙台営業所が担当することになつておりその担当社員もいるためとても広島へ移管することは出来なかつた。又右業務は通信教育部指導課に属する業務になるため原職といえるか否かについて疑問があつた。そのため出版部編集課国語に関する業務を担当させることも検討したが右業務は榊が配転前よりすべて崎重係長が男性社員としては既に約四年間一人で担当してきており一人で十分処理することが出来るものであるため崎重係長の仕事の一部を奪つてまで榊に担当させる必要はないものと判断したのである。そうすると榊に編集課国語関係の業務としては担当させるものがほとんどないことになるため編集業務に関係ある前記単純作業に従事させることとしたものである。

五、抗告人が榊に右のような業務を指示してから約五ケ月地労委よりの調査もなく平穏に経過した。昭和五二年一二月中旬地労委より審査課長・係長の両名が履行状況の調査のため来社した。その際、抗告人より原職に復帰させてないというのであれば抗告人としては榊に何をさせたらよいのか尋ねたところ出版社だから割り付け・校正の仕事が何かあるのではないですかと答えたのみでそれ以上具体的に答えようとしなかつた。また抗告人が編集現場へ行つて編集者に編集課の実体を尋ねてくれと依頼しても聞き入れてもらえなかつた。調査にきた地労委自身具体的に原職の業務内容を何ら指摘しなかつたものである。抗告人のように配転から緊急命令までの間約二年三ケ月が経過して組織が変つている場合原職の意味を抗告人のように理解してもやむをえないものである。右のような抗告人に対し原決定のように過料金一〇〇万円に処するのはあまりにも過大な処罰であり取消されるべきである。

六、抗告人は原決定が出た後である昭和五三年二月一五日疎乙第一〇号証の業務指示書を榊に交付し具体的な業務の指示をなした。

抗告人としては本件のような場合いかなる業務につければ原職に復帰させたことになるのかが明確になれば、それを履行する意思は十分有していたものである。原決定は国語科の編集業務がある以上その原稿割り付け・校正等の仕事をさせてこそ、原職復帰といえるものである旨認定しているが、榊が編集課にいる時に一切担当しておらずそれ以前より崎重係長一人が担当してきた国語科の編集業務まで榊にやらさなければ原職に復帰させたことにならないのであろうか。抗告人のような中小企業で余剰人員を確保しておく不可能な企業において榊に国語の編集業務を担当させることにすれば崎重係長には何をさせ、彼の立場をどのように配慮すればよいのであろうか。

しかし抗告人として原決定が出たため二月一五日より榊に対し〈1〉国語関係の出版書籍を含めた書籍の原稿割り付け・校正〈2〉通信教育の指導業務である受講生からの国語の教科に関する質問の返信指導〈3〉通信教育の国語添削指導業務〈4〉その他業務の運営上生ずる臨時的業務を指示した。よつて抗告人としてはいかなる解釈に立つても完全に緊急命令を履行しているものである。

よつて過料金一〇〇万円の原決定は過大な処罰として取消されるべきである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例